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2016年04月22日

聖徳太子憲法を読む 臺の政道 政家憲法 第四条

臺の政道 政家憲法 第四条

『人情は先に聞くに偏く、故に其の片を先とせざれ。
上と下の訴は、其の罪大底上に有り、
下をのみ囚る則は上は驕り罪は絶ず亂れ茲に發る。
縁を便の訴は、非は必ず政者に有り、
頼に傾く則は政の正を失う。
貧と富の訴は、其の誠の諸は貧に有り、
規さざる則は悲嘆は一に止どまらず。
非政發らば、天下皆晦み何ぞ以て萬機を理めん。』


《読み方》
人の心は 先に聞くにかたむく、ゆえに そのかたがたを 先とせざれ。
上と下のあらそいは、その罪 おおむね 上にあり、
下をのみ とらえるときは 上におごり 罪は絶えず 国の乱れ ここにおこる。
てずるを たのみの あらそいは、その非は必ず つかさたちに 有り、
頼みに傾くときは まつりごとの 正しきを失う。
まずしきもの と とみのもの の あらそいは、その誠の多くは 貧しきに有り、
たださざるときは 悲嘆はひとりにとどまらず。
よからぬ まつりごと おこらば、天下みなくらみ 何ぞもって 万機をおさめん。


《訳》
人情の常として、前に聞いたことに偏るものである。だから訴訟は同時に聴いて、一方を先にするな。上と下との訴訟は、大体においてその罪は上にある。しかるに、下の者だけをとりこにすれば、上の者は驕慢になって犯罪は絶えない。乱れはここに発生するものだ。縁故に頼ってする訴えは、よこしまなものである。政治をする者が、縁故の依頼に偏っては、正しい政治を失ってしまう。貧しい者と、富める者との訴訟は、貧しい者に誠がある。よろしくこれを明らかにしないと、貧しい者の悲しみは止めようがない。一度、この失敗をやると、天下は暗闇になる。このようになっては、全ての政治を処理できるはずもない。


《三波春夫の解説》
 江戸時代末期の大政治家・勝海舟は、「氷川清和」の中でこう言っていました。

『行政改革ってのはむずかしいもんだよ。下の者が真っ先に苦しい目に逢うのだから・・・。上に立つ者は、身を殺してかかる覚悟を持っていなかったら出来るもんじゃねえ』

 まさにその通りですね。
 この第四条で太子は、人間社会の哲学を説いたのだと思います。
"上と下の争いごとを見ると、罪はたいがい上の者にある。それなのに、下の者を処罰しての責任逃れをするのは卑怯である。それが通る社会だったら国の乱れは明らかだ。上に立つ者は皆のために尽くして貰いたい”と。
 現代でしたら、「借金を国民に負担させて責任逃れをするのは卑怯である」と言いたいところです。


※注釈※
東漢直駒
武勇に秀で、物部守屋との合戦のおり、蘇我馬子について活躍したといわれる。東漢氏は百済系帰化人の豪族。

聖徳太子の時代~勝海舟の時代~この本が出版された1998年~現在。
この長い年月の間、不変の真理であり、まだ全面的には適わぬ真理です…。

では、次回は5月13日に更新いたします!
が、その前の5月10日20:00~20:54 BS11「あのスターにもう一度逢いたい」は、
三波春夫の巻、です。
ぜひ、ご覧ください!!

そして…、5月11日頃から書店に並び始めますが、
三波美夕紀 著
『昭和の歌藝人 三波春夫――戦争・抑留・貧困・五輪・万博』
(しょうわの うたげいにん みなみはるお)
が、さくら舎という出版社から発売となります。
「三波春夫」をより知って頂きたいと思い、書きました!
お買い求めくださり、お読み頂けましたら有難く存じます。
よろしくお願いいたします。