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2016年04月08日

聖徳太子憲法を読む 斗の順道 政家憲法 第ニ条 (2)

斗の順道 政家憲法 第ニ条 (2)

 怒りの原因は、新羅国への遠征軍二万六千人を天皇の名の許に筑紫国まで宰相馬子が進めたことです。この遠征軍については、太子の弟君が二人、後に総大将に任命されていますから、国家の方針として決定されたものでした。結果としては筑紫港から渡海する前に取り止めとなりましたが、新羅に対する威圧の効果は大でした。しかし崇峻帝は、心の中ではおもしろくなかったようです。


 あるとき、猪の肉を献上した近臣がおりました。すると帝は召し上がりながら、語気も荒く、


『いつか、この猪と同じようにあの者の猪首をはねてくれようぞ』


と仰せになり、それが馬子宰相の耳に入りました。もともと自分が推薦して御位に即かれた崇峻天皇ですから、馬子は世に言うところの可愛さ余って憎さが百倍という気持ちだったのでしょうか。遂に猛者をもって鳴る東漢直駒に暗殺の指示を与え、天皇は御就寝中に殺害されました。
 暗殺の翌日には、馬子が東漢を庭に引きずり出して樹にくくりつけ、自ら矢を放って東漢を殺すという決着にしました。そうしなければ自らがよって立つ皇道の大義を否定することになるからでした。
 太子は、崇峻帝の危険を知りながら、お救いすることができなかったと、余程悔やまれたのでしょう。憲法に「情のない政りごとを行うと国に叛乱が起きる」と記されたのです。


※注釈※
東漢直駒
武勇に秀で、物部守屋との合戦のおり、蘇我馬子について活躍したといわれる。東漢氏は百済系帰化人の豪族。

 「心の無い政治を行えば、国が乱れる」という条文でした…。
 では次回は第三条へ。

 来週金曜日に更新いたします!