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2016年04月01日

聖徳太子憲法を読む 斗の順道 政家憲法 第ニ条 (1)

籠の品道 通蒙憲法 第十六条

『辰宿星は天の君なり、公に位し公の度となって
天に仁く轉る。
幹支禽は地の臣なり、忠しく列り忠しく行って
地の義と定まる。
是れ人君人臣の理なり。故に王者は公政に仁を化す。
臣連は忠義に事え奉れ是れ天の道なり。是を以て下の事は
命を守るにありて私に過る則は定んで刑被れむ。
上の政は天に宛うしかれども過る則は匹夫にすら負かれむ。
故に過ちはすみやかに改めよ、改めざれば逸の政になり
驕の法とならむ。』


《読み方》
 ひつきぼし は 天の君なり、大空にくらいし 大空の物差しとなって 天にうるわしく めぐる。
 かんしきん は 地のおみなり、ただしく つらなり ただしく めぐって 地の義と定まる。
 これ 人の君 人のおみなり。ゆえに みかどは まつりごとに 思いやりをほどこす。
 おみむらじ は 忠義につかえたてまつれ これ 天の道なり。
 これをもって おおみたからの つとめは おおせを守るにありて 私に過ぎるときは さだんで 刑せられむ。
 つかさたちの つとめは 天にならう しかれども 過ぎたるときは ひっぷにすら そむかれむ。
 ゆえに あやまちは すみやかに改めよ、改めざれば ほしいままの まつりごとになり あざむきたるの法とならむ。

《訳》
 辰宿(しんしゅく)は天の君である。これらは公に位し、公に則るから、天下はうるわしく転移する。幹支禽(干支の動物)は地の臣である。まめに働き功多く、地の正しい筋道が定まるのである。これが君と臣との道理である。だから、王者は公正な政治を行って仁を施し、役人は忠義をもって仕える。これは天の道である。下の者の仕事は君命を守らねばならない。もし過失があれば処罰される。上の者の政治は天の道に則ってすべきである。過失があれば匹夫にも負ける。ゆえに過ぎたことは改めよ。改めなければ、放逸の政治となり、驕慢の手本となるだろう。

《三波春夫の解説》
 太子は憲法の中でたびたび、「情のない政を行うと叛乱が起きる」と警告しておられますが、これは御自分が体験された大事件によるものでした。
 推古女帝の前に皇位に即かれていたのは崇峻天皇ですが、皇位にあることわずか五年間。大臣・蘇我馬子の家臣によって殺されたのでした。日本の歴史上でも、天皇が殺害されたのはこの事件のみですが、実は、崇峻帝在位中、太子が十六歳の頃に御下問がありました。

『そなたは非常なる博識と人が噂するが、朕を占ってくれぬか』

太子は崇峻帝のお言葉に従い、その相を占ったのですが、なんとも不吉な兆しが窺えたのです。そして、その旨を崇峻帝に申上されました。

『まことに恐れ多いことでございますが申し上げます。主上の瞳の中に赤い艶が光っておりますのは傷害の兆しでございましょう。主上は御気性が荒々しくおいで遊ばすので、思うことをそのまま、お言葉になされます。これは主上としての見識に深く関わりまする。どうぞ信仰心をお持ちください。また、側近に侍る夫人たち、近臣にも充分御注意賜るように』

 崇峻帝は鏡を取り寄せて御自分の瞳を御覧になり、しばし無言だったそうです。
 太子は帝の側近に、

『宮廷内外、出入りについては充分に護りを固めなければなりません。帝の御相はすでに厳しい運命を表しております』

 と言われたそうですが、果たせるかな、崇峻天皇五年(五九二年)の冬十月、主上の怒りのお言葉が遂に大事件を引き起こしました。



※注釈※
崇峻天皇
用明天皇の崩御後に即位。蘇我馬子と対立し暗殺された。?~五九二年。

蘇我馬子
聖徳太子とともに推古天皇の治政を支えた大臣。仏教への帰依が厚く、国内の仏教の興隆に果たした役割も大きい。?~六四五年。

 この続きは次回に…。

 また来週、金曜日に更新いたします。