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2016年02月19日

聖徳太子憲法を読む 天の公道 通蒙憲法 第十四条

天の公道 通蒙憲法 第十四条

『私に背き公に向がうは、是れ臣の道なり。
凡そ人、私を有は必ず恨あり。恨あれば必ず非を作して、
非は固を失う。固あらざる則は私を以て公を妨げん
恨みを起こす則は、制に違き法を害う。
之に由り私を推う則は、君を君とし臣を臣とす。
故に古典に云く、夫子の道は忠恕のみと。
其れもまた、是の情ならむか。』


《読み方》
わたくしにそむき 公にしたがうは、これ つかさたちの道なり。
おおよそ人、私の心を抱くときは 必ずうらみごとあり。
うらみごとあれば 必ずよからぬことをおこして、そのひは まことの心を うしなう。
まことあらざるときは 私をもって おおやけごとを 妨げん。
恨みをおこすときは、おきてに背き のりをそこなう。
これにより 私をはらうときは、みかどを君とし つかさを おみとす。
ゆえに もろこしのふみにいわく、ふうしの道は ちゅうじょのみと。
これもまた、このこころならむか。


《訳》
私を滅し、公に奉ずるのは臣の道である。およそ人に私心があれば必ず恨がある。恨があれば必ず誠(まこと)を失する。誠を失すれば、私心をもって公務を妨げる。恨の起こるときは制に違い、そして法を害するものだ。これによって、私を推すときは君を君とし、臣を臣とすべきである。古典に夫子の道は忠恕のみとあるのは、この心をいったものであろう。


《三波春夫の解説》
 "私に背き”とはなんとも文学的な表現ですね。"自分のことは二の次にして懸命に公務に精励して欲しい、それこそ国家公務員の仕事であり道である”と、ここでは孔子の論を引用しています。
 忠恕とは、誠心を尽くす思いやりの心を言うのですが、私たちの日常生活にも当てはまりまることです。

『人の笑顔を見るのが嬉しい』
『人に倖せを贈れば倖せが訪れる』
『人の歓びを我が歓びとしたい』

 人間社会では、いつでも「幸福」のキャッチボールをしたいはずです。家族、夫婦、そして友人たちとの間でも…。
 劇作家として有名な真山青果の作品に、浪曲界の大名人であった人物を取り上げた『桃中軒雲右衛門』という名作があります。その中で、真山青果は雲右衛門夫人のお浜にこう言わせていました。

『あなたは仕事のために他人のことばかり気にしてあれこれとおやりになるけど、家族や身内の苦労をちっとも考えておられませんね』

 この台詞、読んだときには私もたいへん耳が痛かったですが、お宅様では…?いや、ここで聞いてはいけません。話が横へそれました。

 ダイレクトに国の仕事をしている方々は、ココロしてくだされたし!!の、タイムリーな条文でした!
 …というより、やはり人間はこのように注意しないと、道を外れるものなのだよと、太子はお考えだったわけですね。

 さて、最後の部分で父が"反省"しておりますが、子供ではなく特に"妻に向かって"でござりましょう。
 妻なくしては『三波春夫』は生まれませんでしたから、ほんとうに良く働いた"妻"でした。
 この事はまた、後日の機会に詳しく…。

 ではまた、来週金曜日に更新いたします。