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2015年08月21日

生きている聖徳太子憲法 今なお新しい太子の憲法

 哲学の集大成とも言えるこの憲法は、推古天皇十二年(西暦六〇四年)五月に発布されました。聖徳太子が草案した憲法に天皇が承認を与えたのですが、爾来、太子憲法と人々は呼んでその価値の高さを評価したものです。


 実は太子憲法が公布されてから六百年後に「ヤサ(モンゴルの言葉で憲法の意)」という憲法を作って国を治めた人物がおります。
 モンゴル帝国を築いた英雄、チンギス・ハンです。偉大なチンギス・ハンが「ヤサ」を作る六百年も前に、日本には憲法があった。この事実は、日本の先覚者の偉大な業績であり、政治・文化の高さを世界的に示したものであると言えましょう。
 また、この憲法は人間の処生訓としても完璧であり、常に座右の書として読むべき貴重なものだと思います。
 世界最初の憲法で、千四百年の歳月を経ても今なお新しいのです。この憲法をわたしたち日本人は今一度辿ってみたらどうでしょうか。
 ここでひとつ質問を差し上げたい。
「太子憲法は、"以和為貴”(和を以て貴しと為す)で始まる十七条だけですか?」
 昔から憲法十七条と言い伝えられていますから、それだけど思っていらっしゃる方がほとんどでしょう。一般的に知られている十七条の憲法は"国家公務員の服務の基本を訓された、通蒙憲法”としての十七条です。
 これが公布されたのが推古天皇十二年五月ですが、同年六月には天皇を含む"政治家に対しての政家憲法”が、次いで十月には"神職、僧侶、儒学を教える人に対して”それぞれ十七条の憲法が発布され、全部で八十五条となりました。この全八十五条こそが、本当の"太子憲法”というわけです。

国家公務員、政治家、神職、僧侶、儒学の教師。
これら5つの職業に対しての17条ずつで、全部で85条ということですね。
この本では、それらをすべて解説し、歴史のエピソードもご紹介して参ります。
よろしくお願いいたします!!

ではまた、来週金曜日に更新いたします。