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2010年12月03日

年に一度の出会いでも 1

「三波春夫でございます」より

 歌を唄ってきてよかったと思うことはたくさんあります。とりわけ東京歌舞伎座の公演を二十年間無事につとめてこられたことには格別の思いがあります。


 私たちの年代で歌舞伎の舞台を踏むということは、一心太助の話ではありませんが、まさに天下の一大事。市川団十郎、尾上菊五郎、市村羽左衛門など歴史に名を残す歌舞伎の名優たちが、鎬をけずって名演技を残した舞台、世界に誇る日本の古典芸能が演じられる神聖な場です。若い浪曲家時代には夢にも現れることのない、その舞台で公演ができることは、まさに夢のまた夢。それが現実のものとなったのです。
 ですから常に新しい芝居づくり。新しいショーの上演をと考えて、作家、演出家のご協力を仰ぎました。その当初、私が紀伊国屋文左衛門など商人の芝居がはまり役になるとはまったく思ってもみないものでした。

  昭和35年に大阪新歌舞伎座で歌手で初の一ヶ月の芝居と歌謡ショウの大劇場公演を成功させてからすぐに、東京歌舞伎座から声が掛かりました。そして翌年8月、歌舞伎座の公演が開催されました。このときには、毎年8月に歌舞伎座で20年間ものあいだ連続して公演できるとは、本人も周囲も世間も誰も思えなかったことでした。そのはじまりに、演劇の神様といわれた松竹の創始者・大谷竹次郎氏が、「三波を育てよ」と仰ったそうですが、まさに白羽の矢を立ててくださったのはこの方でした。
 ではまた、来週金曜日に。