
現小田原市栢山の没落した豪農の家に生まれた金次郎は、努力、陰徳、積善、節約という、哲学力行の末に身につけた実証的な合理主義によって、まず、わが家の再建を果たしました。
うわさになった尊徳は、小田原藩主大久保忠真に召されて、栃木県桜町の領地の荒廃を見事に復興させたのです。そして、「報徳仕法」と呼ばれる、その独特の農政学がついに幕府をうごかすことになって日光領八十九ヵ村の再興や各地にまでおよんだのだそうです。
柴を背に負って本を読む少年の銅像が有名ですが、本物の尊徳先生は、いま風にいって、身長百八十二センチ、体重九十二キロもあったそうです。もちろん、道徳の鑑と尊敬された方には違いありませんが、合理的な農政学者であったのです。
金次郎像をもし見かけられましたら、このようなことを思い出しつつ味わってご覧ください(笑)。尊徳先生の偉業の説明はこの後も続きます。
ではまた、来週金曜日に。