
でも、この給料を私はこの目で見たことがない。米屋のご主人から父親の手にそのまま渡り、父は借金の返済にあてていたようです。つまりは、まぼろしの初任給だったわけです。
自分で汗水たらして手にした報酬というのは、浪曲師になってからのこと。日本が戦争に突入して、世の娯楽が少なくなっていくなかで、浪花節だけは健在でした。
当時、新興演芸部という会社と契約した時は、ひと月、五百円をいただくようになっていました。これはイノシシ五十枚といって、大変な稼ぎをあらわしていました。なにしろ、職人さんがイノシシ二枚とか三枚、腕のいい熟練工が五、六枚の相場でした。
このイノシシ、ピンとこない人が大半だと思います。十円紙幣の裏にはイノシシが印刷されていたから、私たちは当時そう呼んで、高額紙幣としてありがたがっていたのです。
家内いわく、「あなたの初任給は猪のからだ半分にも足りませんでしたね」。
イノシシ何枚、って、今や全くわからないですよね。聖徳太子のお札も知らない方が増えていますものね。
さて、お知らせを申し上げます。三波の命日の14日に、恒例のCDリリースがございます。今回は、『長編歌謡浪曲スーパーベスト5』です。時代物「関の弥太っぺ」等の他、川で溺れる生徒を助けるために殉職した教師の話を描く「花咲く墓標」、ジュラ紀を描いた「恐竜王物語」などの珍しい作品を収録しています。是非、お買い求め下さいませ。
ではまた、来週金曜日に。
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