
私たち一家が上京してきたのは、昭和十一年のこと。私が十三歳のときでした。父親が株に手を出したばかりに故郷をあとにする羽目になったとは、まだ知るよしもない年頃です。
はじめて奉公に出たのは、八丁堀の米屋さん。精米器を操作できるわけでもないので、お客さんの家に米を届ける配達係でした。自転車のうしろに重い米をくくりつけて何軒も配達するのはラクではありませんでしたが、浪曲をうなったり民謡を口ずさんだりして風を切って走るのは、それはそれで楽しい毎日でした。
その仕事ではじめていただいた給料が忘れもしない、四円。
三波から直接聞いた思い出話ですが、13歳から始まった米屋奉公の当初。自転車の荷台に米袋を積んで配達に行ったところ、納める先の天丼屋さんの店先で自転車ごと転んでお米が道にこぼれてしまったそうです。でも、お店のご主人が一緒に米を拾ってくれて、天丼まで御馳走になったということ。この話を聞いた時はまだ私は20代だったのでそれほどでもなかったですが、今の年代では深く感じ入るものがあります。
最近、仕事で必要だったので三波春夫のトーク番組のビデオを見ていたのですが、その時の話の中で、『人を大事にすると、自分が大事にされるって言いますでしょう』と、三波が発言していましたが、この天丼屋さんの話はまさにそうでした…。
ではまた、来週金曜日に。