
そんなてんやわんやの舞台裏でしたが、なんとか無事に大入り満員の盛況で、千秋楽を迎えることができたのです。
座長である自分が倒れてしまったら、即座に公演が中止になってしまう――毎日、その責任感で身体が奮い立っていたのでしょう。不思議なことに、千秋楽には盲腸の傷もすっかり癒えて、こんもりと肉が盛り上がっていました。
その晩は、坂上先生が見事な鯛をお祝いに持って来てくださいました。私は大役を果たした安堵感と先生の心づかいにすっかりうれしくなってしまい、「傷口も 千秋楽に 盛り上がり」と、色紙に書いて差し上げたところ、坂上先生は手を打ってお喜びになりました。
しかし、そのやさしい先生にももう会うことはできません。それから三年ほど経って急逝してしまわれたのです。実に飾り気のない、気さくな坂上先生。私より若い年齢だったと思うにつけ、残念でなりません。
いまでもオリンピックを見ると、盲腸の痛みとともに、あのときの先生のお姿が思い出されるのです。
考えると懐かしい五輪音頭のおマケでした。
そして、その曲を今度はハウスに仕立てて、「ジュリアナ東京」で若いギャルたちの踊りの音頭取り。これもいまひとつのおマケですね。
「その夜、ジュリアナ東京はノリノリで踊る若者で超満員。場内に響き渡るのは三波春夫のナマ歌…って、え?なに?三波春夫? そうです、ステージにはなんとアノ三波春夫が満面の笑顔で立ち、ハウスミュージックメドレーを披露したのですぅー」というカンジで、平成4年の暮、ジュリアナの貸切イベントにて、メインゲストとして登場した三波春夫でした。
ではまた、来週金曜日に。
| Sun | Mon | Tue | Wen | Thu | Fri | Sat |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | |
| 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 |
| 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 |
| 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 |
| 28 |