
『チャンチキおけさ』------私のデビュー曲です。
この記念すべき曲には昭和三十二年という時代を感じさせるうらばなしが残っています。
浪曲から歌謡曲の歌手へ転身するため、半年間のレッスンを受け、いよいよテイチクレコードのテストを受けることになったのが、三十二年の三月でした。
テストを受けるなら自作の歌がいいと『メノコ船頭さん』と『恋の常夜燈』の二曲を歌の先生に採譜していただき、レコード会社に向かいました。
テイチクでは、超一流の浪曲作家であり文芸部長の萩原さんとディレクターの杵淵さんがテストに立ち会ってくれることになり、数人を前に持参した二曲を歌うことになりました。
さて、歌い終えて反応はいかに、と待ち構えていると、萩原さんが案外すんなりと「これは、いけるよ」といってくださったのです。そして、杵淵さんに「おい、キネさん。この人になにかいい曲はないかい」と、その言葉を待っていたように、杵淵さんは「部長、いいのがありますよ」といいながら机の引き出しをあけ、ごそごそと探し物をはじめ、「ありましたよ」と取り出したのが、『チャンチキおけさ』の歌詞でした。
門井八郎さんが書いた詩で机の中で三年間眠ったままになっていたということです。
これは後に聞いた事ですが、萩原さんは「新潟県出身の歌手におけさはぴったりだ。この詩は歌い手があらわれるのを待っていたんだな」。
杵さんタノムよ、と言ってくれたので結局、作曲は長津義司先生に依頼することになりました。
<八島>
本日から、平成5年発刊の三波春夫の著書『三波春夫でございます』をご紹介して参ります。週1度、毎週金曜日に更新致します。どうぞよろしくお願いいたします。
この本は書き下ろしのエッセイ集です。三波の筆というのは、それまでは、日本史や芸能史の研究論文といえるようなもの、またはそれをドラマ仕立てにしたものがほとんどでした。
エッセイであっても、自分の身のまわりに起きたチマッとしたものは書かず、太字で大きく書いて社会に問いかけるような、フォルテ記号が踊っているようなものが多かったのですが、この『三波春夫でございます』は、ソフトタッチで三波にエッセイを書いて貰いたい、という企画で出来たものです。
本の帯には“モットーは「一緒に楽しく生きようよ」 歌謡界の大御所が語る生き方のコツ、人生の味わいそしてちょっといい話”と、書かれてあります。表紙には、三波の顔の超アップ。70代の入口に立った頃の、三波春夫の著述をお楽しみくださいませ。
本日のご紹介は、デビュー曲「チャンチキおけさ」誕生の逸話の章、前半部分。
新人歌手にもなっていない前のお話です。なお、文中の“文芸部”とは、現在でいえば制作部のことです。
ではまた、次回に。
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