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2009年07月23日

イブ・モンタンと雲右衛門 9

三波春夫著 「すべてを我が師として」より

 モンタンは自らの演出について、寸毫(すんごう)もゆずらぬ強い意志を打ち出して、関係者が口をつぐむことがあり、曲が気に入っても詩が気に入らないと、別なものを作って当てはめることがあるとさえいう。
 雲右衛門もまた、傲岸不遜(ごうがんふそん)といわれるほどの強気をもって、浪曲に対して次々と改革の手を打って行った。


 しかも、この両氏とも大衆に奉仕し、その社会の指導的役割を果しているのである。最近、会社作家諸氏と私のあいだでとかくのことがあったとか。思い上った歌手と書いた新聞があったが、私は決してくじけない。
 立派な作品を創造して行く途中に、邪魔ものや中傷があろうとも、この先輩の勇気と情熱に負けてはならぬと思っている。只ひたすら良い作品を生みだすために、努力して行く、ことが第一である。

<八島>
 些細なことも記事化されたようです。この頃から三波は、自分で歌を創り出すことを基盤として進んでいこうと決めましたが、これが常識的なことではなかったので思い上がりとも評されたのだと思われます。