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2009年07月02日

山田耕筰先生にお会いして 5

三波春夫著 「すべてを我が師として」より

 数十年前、ある新聞社の招きで、ロシヤの大歌手シャリアピンが日本を来訪したとき、招待主の新聞社の社長が、彼に山田先生を紹介して、「山田耕筰は日本の代表的作曲家であるから、ぜひ彼の作曲の歌をうたってほしい」といった。


 するとシャリアピンは、真剣な面持ちで、「ちょうと待ってほしい。なるほど歌えといえば、日本の歌をうたうことはできるが、それはあくまでも“もの真似”だ。どんなに努力しても、日本語を歌いこなせるものではない。私の血がロシヤ人だから、これは動かしがたいことだ。どうか勘弁してもらいたい。もし、どうしてもやれというのならば、帰国させていただきたい」といった。