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2009年07月01日

山田耕筰先生にお会いして 4

三波春夫著 「すべてを我が師として」より

 私は恐縮の至りで、思わず冷や汗が出て、真っ赤になってしまいました。しかし、真面目なご質問ですから、私の勉強方法や、大阪の浪曲の大家であった初代宮川松安師から、発声についてご教示にあずかったことなどをお話したところ、その松安師を先生もご存じだったとのことで、なにか不思議な気持ちになり二十年前の大阪天満の国光本席の楽屋で、松安師と対面したことが、なつかしく思いだされましたが、さらにシベリヤの話となり、シャリアピンの名前が出るにおよぶと、先生は次のような話を聞かして下さいました。