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2009年03月09日

巨星桃中軒雲右衛門 14

三波春夫著 「すべてを我が師として」より

 さらに、二代奈良丸去り、楽燕死した後も、あとにつづく東の米若、西の奈良丸以下の浪曲家が受けついだ型こそ、浪曲の面目を伝えるものなのです。


 更に加えて、申すならば、あの絢爛(けんらん)たる紋散らしの金襖、金屏風、目をあざむくテーブル掛けの豪華さ、木頭(きがしら)の音もひときわ高く、冴えた三味線の擾(ばち)さばき、三ン下がりの音〆めが劇場内にひびく中を、紋服姿の口演者が、静々とあらわれる光景のすばらしさ。その堂々として、生気溌溂(せいきはつらつ)たるものこそ、浪曲の醍醐味であり、雲右衛門その人の創造の姿でもあったのです。

<八島>
 本文中の「奈良丸」は吉田奈良丸、「米若」は、寿々木米若です。盛んだった時代の浪曲という芸能は実に動員力があったそうで、人気絶頂の浪曲家の舞台には只ならぬ風格があったと聞きます。三波は少年時代から浪曲が大好きで、憧れて藝の世界に入ったので、本文中の浪曲の舞台の描き方に、相当力が入っています…。