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2008年01月31日

再び浪曲の舞台へ 4

三波春夫著 「すべてを我が師として」より

 さて、帰国第一声の浪曲は、おそらくその夜の聴衆にとっては、びっくりするようなものであったにちがいありません。なにしろ、その時の私の頭の中には、シベリヤでみっちりたたきこまれた、
“眠れる農民よ、そして労働者よ、新しい時代にめざめよ!”
“軍国主義を徹底的(てっていてき)に墓場(はかば)に埋(う)めてしまおう!”
といった、勇ましいスローガンが満ち満ちていたのです。


 第一席目に『吾子と共に』、そして第二席目に母をモデルにした母と子の愛情物語『母は雪よりも清し』という二席の浪曲を、私はたいへんな意気ごみで語ったものです。

<八島>
 赤色浪曲家といわれた時期の始まりです。4年間も頭の中を染められていたのですから、そうでなくては生きられない環境にいたのですから、仕方が無いことでした。