
○民主運動の一環として、当時ひらがなサークルや、カタカナサークルができて、文盲(もんもう)対策が実施され、全体の約三〇パーセントの人たちが、満足な読み書きができないことを知った。涙をこぼしながら、私から文字を教わった人があったことを思い出す。
○耳学問といわれる浪曲を、ここで深く考えた。歌手に転じた初期の頃、私の歌の表現(ひょうげん)がときに“オーバー”だとか、“親切すぎる”などといわれるのも、私がこの時代に、大衆にほんとに理解されるにはどうしたらいいかを、常に考えていた結果だと思う。
<八島>
3割の方々が、とあるのには、異論をお持ちの方もいらっしゃると思います。今、この文章で読み取りたいのは、この抑留生活という状況の中で日本の文字を教え教わりあって、そこに嬉しさがあって、という人々の様子と心だと考えます。
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