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2007年05月24日

“浪曲に悲しみを忘れて” その9

三波春夫著 「すべてを我が師として」より

 そのころ、浅草の金竜館に、米若先生が出ておられたので、私は友だちを誘って聞きに行きました。
 舞台の熱演に聞きほれ、見とれているうちに、私は気がつかなかったのですが、まわりの人がじろじろ私を見ていました。


 友達に膝をつつかれて、ハッとしました。私は、舞台の先生に合わせてうたっており、その声が、いつの間にかだんだん大きくなっていたのです。
 私の浪曲病は、それほどの重症に陥っていたというわけです。

<八島>
 ものすごい熱情だったわけですね。客席にいたとき、の話で思い出しましたが、私がマネージャーだった時期のこと、三波夫婦とともに歌舞伎座で市川猿之助さんの歌舞伎を拝見。母と私が三波を挟んで三人並んで観劇。そして見つめる舞台の猿之助さんの見事な早変わりに三波が大喜びとなり「オオッホッホ」と声を上げ、その声が響き渡るほど大きい上にまさに三波春夫の声。・・・母と私は同時に三波の脇腹をこづいたものでした。