« 前   TOP  次 »

2007年05月23日

“浪曲に悲しみを忘れて” その8

三波春夫著 「すべてを我が師として」より

 魚のセリというのは、たいへんむずかしいもので、私はとても正面からじゃ駄目だ、うら口からと考えて有利にセリを落としてもらおうと、市場のセリ人が近所の銭湯へ来るのを待ち伏せして、いっしょに風呂へはいり、背中を流したり、お湯をくんでやったり、いろいろサービスにつとめたあげく、翌日のセリを頼むのです。


 セリ人は、その時は黙っていても、やっぱり翌日は有利に落としてくれました。
 ズブの素人の私に、そんな商売のコツを親切に教えて下さったのは、川悦の筋向かいにおられた小峰甚太郎さんという方です。
 小峰さんは、後に私が浪曲家になったとき、第一番にテーブル掛けを贈って下さった方で、いまも目黒に健在のはずです。

<八島>
 三波が取材などで半生を語る折に、この頃の話になって、符丁を使ったセリの様子を再現して話をすると、皆さん驚かれていました。「え、そんなこと、やってらしたんですか」…。
意外な過去のひとつでした。