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2007年05月08日

“第二の母”とともに その5

三波春夫著 「すべてを我が師として」より

 昭和十一年、ちょうど私が中学一年生のときでした。秋も終わろうとする十一月二十日。私たち一家は、夜汽車に乗って、逃げるように故郷の町を発ったのでした。


 昨日まで、やわらかな晩秋の日ざしをいっぱいに受けて、おおらかにのびのびと横たわっていた山脈も、その夜は、黒い雲に包まれて、冬を思わせる木枯らしが吹きすさんでいました。


 私は、その黒々とした山脈に向かって、別れを惜しみました。
渋海川の流れにも、さようならをいいました。
足音を忍ばせるようにして、私は学校の方へ行ってみました。白い道が夜目にもはっきり見えます。
その道を曲がった向こうに、私が六年間通いつづけた小学校の建物が、静かに眠っているのです。