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2007年04月14日

『お客様は神様です』について

 三波春夫といえば『お客様は神様です』というフレーズがすぐに思い浮かぶ方が
少なくないようです。イメージを強く持っていただいていることを有り難いと
存じますが、ともすると、三波本人の真意とは違う意味に捉えられたり、
使われたりしていることがございます。
 三波春夫にとって、お客様とは聴衆、オーディエンスのことです。
客席にいらっしゃるお客様とステージに立つ演者、という場で生まれた言葉です。
ですから、商店にいらした買い物のお客様や飲食店のお客様のことでは
ありません。
しばしば誤解される「金を払った客なんだから丁寧にしろ。言うこときけよ。
お客様は神様だろ?」や「お客様は神様ですって言うからって、
お客はなにしたって良いっていうんですか?」ということではないのです。


 このフレーズへの誤解や勝手な意味での都合のよい使い方は、三波の生前から
たくさんありました。本人も私ども関係者一同も歓迎出来た話ではないと思って
おりましたが、静観しておりました。三波が“歌”について言っていたことですが、
「歌手の口から出て唄われたその時から、その歌は大衆のものである」
ということに同じく、この言葉も大衆のものとして使われることとなりました。
しかし、本当に意味するところについては、番組出演時や取材の際に聞かれる
ことはとても多かったので、本人がその度にお伝えしておりました。


 三波春夫オフィシャルブログの“三波春夫の笑顔の秘密”。
このサブタイトルは“「お客様は神様です」のこころ”としました。
ブログは三波に関することに特化しており、ずっとお読みいただくことで
三波春夫という歌手の信念を感じ取っていただき「お客様は神様です」と言った
心を想っていただきたいと願いをこめて決めたものです。
ブログのご高覧をいただきますよう、どうぞよろしくお願いいたします。

そして、やはり間違いなくそのフレーズの意味をご理解いただくことも大切と、
三波春夫自身が「お客様は神様です」と言ったことについて著述している文章を
掲載いたします。
 ご高覧くださいませ。
                       株式会社三波クリエイツ 八島美夕紀
 

~なぜ神様なのか~
三波春夫著『歌藝の天地』
(1984年初刊2001年文庫化いずれもPHP研究所)より   


「お客様は神様です」の発端
 「お客様は神様です」という言葉が流行ったのには、びっくりした。よく、
この言葉の真意はどこにあるのかと聞かれるが、私も、その答えに困ることがある。テレビなどで、短い時間で喋るには、うまく説明が付かない。
 皆さんのほうでは、面白がって、「お客様は仏様」だの
「うちのカミサンは神様です」とか、「選挙民は神様じゃ」などといった
言葉になって広まっていった。いやはやどうにも賑やかなこと。そのあげくに、
「こんなふうに言われるのは、どう思います?」とくる。
 しかし、振り返って思うのは、人間尊重の心が薄れたこと、そうした背景が
あったからこそ、この言葉が流行ったのではないだろうか?
 私が舞台に立つとき、敬虔な心で神に手を合わせたときと同様に、
心を昇華しなければ真実の藝は出来ない―――と私は思っている。つまり、私が
ただ単に歌を唄うだけの歌手だったらならば、きっとこんな言葉は
生まれなかったと思うのです。浪花節という語り物の世界を経てきたからでは
ないだろうか。
 つまり、浪花節の台詞の部分は
「瞬時のうちに一人で何人もの登場人物を的確に表現」しなくてはならない。
そうしなければ、決してドラマは語れないのである。
 われわれはいかに大衆の心を掴む努力をしなければいけないか、
そしてお客様をいかに喜ばせなければいけないかを考えていなくてはなりません。
お金を払い、楽しみを求めて、ご入場なさるお客様に、
その代償を持ち帰っていただかなければならない。
 お客様は、その意味で、絶対者の集まりなのです。天と地との間に、絶対者と
呼べるもの、それは「神」であると私は教えられている。
 あれはたしか、昭和三十六年の春ころ、ある地方都市の学校の体育館だった。
司会の宮尾たかし君と対談の際にこんなやりとりがあった。
 「どうですか、三波座長。お客様のこの熱気、嬉しいですね」 
 「まったくです。僕はさっきから悔やんでいます」
 「!?」 
 「こんないいところへ、何故もっと早く来なかったんたろう、と」
 ここで、お客様はどっと笑ってくれる。ここまでは、昨日通りの対談内容。
すると、宮尾君はたたみかけて、
 「三波さんは、お客様をどう思いますか?」
 「うーむ、お客様は神様だと思いますね」 
 ウワーッと客席が歓声の津波!私はっとしたが、宮尾君もびっくり。
客席と私の顔を見比べて、
 「カミサマですか」
 「そうです」
 「なるほど、そう言われれば、お米を作る神様もいらっしゃる。ナスやキュウリを
作る神様も、織物を作る折姫様も、あそこには子供を抱いてる慈母観音様、
なかにゃうるさい山の神・・・・・・」
 客席はいっそうの笑いの渦。その翌日から、毎日このパターンが続いて、
どこもかしこも受けまくった。宮尾君は、お父さんが落語家であり、本人も
研究熱心だから、司会者としても一流。漫談もうまい。
 こうして、このやりとりを続けて全国を廻るうちに、レッツゴー三匹が
舞台を見て、おおいに流行らせたのである。