
私は、新しい母に対して、なにひとつ気兼ねなどしないどころか、
わがままいっぱいにふるまいました。
母もまた、そんな私を心からかわいがってくれました。
それは私が、“第二の母”を“ほんとうの母”として甘え、またひとつには、私がいちばん年下だったせいもありましょう。
そんな優しい母だったのに、私はなにか気に入らないことがあると、
納戸にしまってある本物の刀を持ち出して追いかけまわしたというのですから。
いまでもそうですが、私という人間は、非常に気のつよいところがあり、ひとのことなどお構いなしで、わがままを通したため、ずいぶん母も私には泣かされたようです。
私としては、母を、自分だけのものにしたくて、独占できないと、その反動で、はかない反抗を試みたというわけです。
<八島>
24日にも書きましたが、後年の三波春夫の仕事のエネルギーは十二分なものでしたが、その本質が出てしまっていたのか、子ども時代は本当に元気すぎて力が余っていたようです。
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