« 前   TOP  次 »

2007年04月26日

“第二の母”とともに その2

三波春夫著 「すべてを我が師として」より

 この母は、隣町の刈羽群七日町の生まれで、名前はハナ。その名前のように心の優しい人でした。
東京の日本橋へ嫁いでいたのですが、夫君に死別して郷里へ帰っていたところを、父との縁談がまとまったわけです。


 母は女の子を一人連れて来ました。君子というその女の子は、私と同い年でした。
 ところが困ったことに、この子がすごく学校の成績がいいのです。私の通信簿には、いつも乙という字が三つ四つ、頑強に居座っていて、どうしても立ち退かないというのに、彼女のそれには、ずらりと甲ばかりが並んでいるのです。


 私と同い年の、しかも女の子から勉強を教えてもらうなんて、何としてもシャクでたまらないのですが、やむを得ません。宿題はむろんのこと、試験の前などは、ずいぶん彼女のお世話になったのですから、いまでもその時のはなしが出ると大笑いします。
 その彼女が、現在の私の兄嫁なのです。

<八島>
 君子さんは私の伯母にあたりますが、伯母と父がこのときの思い出話をするときは本当に大笑いをして、良い風景でございました。