2010年09月03日

生まれて初めてのライブステージ 2

「三波春夫でございます」より

 しかもキューン・ソニー社の電気グルーヴという若いアーチストと共演させて欲しいと声がかかったから頼むというのです。それも新しいことだ。お祭りのつもりでやろうと腹を決めました。
「腹を決めた」なんていい方は、おかしいかもしれませんが、実はこういう表現の方が私らしいわけです。

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 69歳だった三波春夫。あれこれ考えていたのでした
ではまた、来週金曜日に。

2010年08月27日

生まれて初めてのライブステージ 1

「三波春夫でございます」より

 私が初舞台を踏んだのは昭和十四年の秋です。浪曲家として麻布六本木の大きな寄席というか小劇場で「新歌舞伎座」といいました。

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 テイチクの皆がノッて計画してくれていているし、娘の判断も大丈夫ということだし、「ほぉー、パワステと言うところなのか…」と、三波は下見の折に初めて会場に伺ったのですが、とても“ビックリしていた”のでした。そのときビックリしていたとは、周りの誰も気づきませんでした。さすがベテラン歌手は、常に堂々(笑)…。
ではまた、来週金曜日に。

2010年08月20日

ハウスミュージックへの挑戦 3

「三波春夫でございます」より

 私としては、のりのよい曲だったので、ヘッドホンから流れる音に合わせてレコーディングを始めましたが「ちょっと待って下さい」。プロデューサーから中止の合図です。

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 いつも素直な三波春夫でした(笑)。
ではまた、来週金曜日に。

2010年08月13日

ハウスミュージックへの挑戦 2

「三波春夫でございます」より

 そこで私もデモテープを聴くことになりましたが、その時から「ここはどうかな、こうすればいいと思うよ」と、私もいつものクセでのめり込むようになってしまいました。
 編曲者は初めてお会いする若手ミュージシャン島田直角さんが決定していて、彼を含めて制作会議をすることになりました。

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 ディレクターは当初、三波春夫の曲をハウスミュージックにアレンジして音楽だけは新たに制作するけれど、歌の部分は三波の既存のヴォーカルを利用することとし、あらたに本人にレコーディングをしてもらうことは考えていませんでした。しかし、デモを聴いた三波は、「これ、やっぱり、アレンジに合う唄い方の歌を入れなくちゃ。唄い直しをした方が良いと思うよ。そうしようよ」と言い、全部新しく、となったのでした。
ではまた、来週金曜日に。

2010年08月06日

ハウスミュージックへの挑戦 1

「三波春夫でございます」より

 よもや、私がやるとは思っていなかったハウスミュージックです。

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 平成4年の出来事ですから、ハウスミュージックが最先端だと書いたりしています。私は、テイチクのディレクターに初めて提案を戴いた時にまったく迷いはなく、本人からOKが出ることを確信していました。
ではまた、来週金曜日に。

2010年07月30日

私はデノミ論者です 4

「三波春夫でございます」より

 私はもう十何年も前から、このことを話していますが、もしデノミをやることになるとたいへんな金がかかるという方がいます。これは数字のあらわし方が小額になるので、日常生活のなかでも銭や厘という単位が出てきたりして、今ある証券・伝票から販売機からレジから、すべて変えなくてはならない。その費用は莫大だからできないという主張です。

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三波春夫はこんなことも考えていたり、感じていたりしていた一面があるのでした。
ではまた、来週金曜日に。

2010年07月23日

私はデノミ論者です 3

「三波春夫でございます」より

 そのこと自体は、江戸の一両、明治の一円の価値をいうときも同じことかもしれません。

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 三波の持論でした。
 ではまた、来週金曜日に。

2010年07月16日

私はデノミ論者です 2

「三波春夫でございます」より

 戦後インフレの為替相場をいまだに引きずっていることにはこんな心理的な問題もあります。

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 戦前戦後を生きて来た人の実感なのでしょうね。
 ではまた、来週金曜日に。

2010年07月09日

私はデノミ論者です 1

「三波春夫でございます」より

 共産主義の崩壊から手さぐりの市場への移行へと迷走し続ける旧ソ連邦。そのなかのある共和国の議会が、下落し続けるルーブル貨幣の復権のために、一ドル一または二ルーブルに、その国だけでもデノミネーションの措置をとることを決議した、という話題が、新聞の外報欄に小さく載っていました。

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 シベリアに4年間抑留された経験から、旧ソ連の共産主義を勉強せざるを得ないことになり、帰国後もずっと、ロシアの歩み方を注視していました。多くの抑留経験者と同じく、語り切れない様々な思いや考えと共に、だと思います。
 ではまた、来週金曜日に。

2010年07月02日

噫々二宮金次郎 6

「三波春夫でございます」より

 うちうちのことを書きましたが、正直のところ、私は、金勘定が苦手です。また、うまい儲け話の周辺には決して近づくまいと思っています。

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二宮尊徳研究の本は沢山ありますものね。
ではまた、来週金曜日に。