2018年01月19日

聖徳太子憲法を読む 日の主道 釈氏憲法 第十一条②

日の主道 釈氏憲法 第十一条②

 そう言えば、釈迦やキリストも数々の奇跡を起こしたことが伝えられています。きっと釈迦もキリストも凄い超能力者であったのでしょう。

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太子が飛んで行かれたところって、どんなんだったか。
見てみたかったです、ね…。

三波春夫は歴史上の偉人を「長編歌謡浪曲」に書きましたが、
『歌になる人物、ならぬ人物があります』と話していました。
この意味の中には、人物の、ココ!という要点を濃く短くバッチリと描けるかどうか、ということがあります。
その点で、徳川家康は歌に書かなかった、と話しておりました。

聖徳太子も、長編歌謡浪曲にはならない人物でしたでしょう。
“超編”と付けて、通常ではない雰囲気でなら、だったでしょうか。笑。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。

2018年01月12日

聖徳太子憲法を読む 日の主道 釈氏憲法 第十一条①

日の主道 釈氏憲法 第十一条
『大藏に雨を請い、晴を請い、災を伏し、亂を治める修法あり。
賢僧、之を修うときは驗なすこと、世世以て證あり。
是れ悌典は、
天を服え、神も歸し、龍も服い、鬼も降すの霊證あり。
或し證者なくば何を以てか、幽地を説き其の賓を見わさん。
効驗の有無は憎者の徳にあり。』

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新しい年となりました。
この一年が良いお年となられますよう、お祈り申し上げます!!

年初のブログにふさわしく ?!、スペクタクルなワザのお話でした。
人の力は、自分自身で良い方向へ磨いていけば、大いなる可能性があるということでしょう。
がんばりましょうー。笑。

本年もどうぞよろしくお願い致します。
ではまた来週、金曜日に更新いたします。

2017年12月22日

聖徳太子憲法を読む 花の事道 釈氏憲法 第十条

花の事道 釈氏憲法 第十条

『佛典は冥府の體を明らかに為す。
悪業の報の由を明し、不義は教化を絶つと雖も
能く知るときは悪事を離れむ。
又、佛界の妙境を明め善因慶果を明らかにす。無知の者は、
學習を斷つと雖も能く聞くときは願って善を行う。
僧者は妙經を妄に説いて寓言となら令るなかれ。』

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仏教の教えの真髄をお坊さんご自身がガッチリと掴んで、
人を指導してくださる、と幸い。
その道を究めて、頑張って頂きたいです、ね。
本年のブログ更新は、本日までとさせて頂きます。

次回は1月12日(金)に更新します。

年末年始をお元気でお過ごしくださいませ!!

2017年12月15日

聖徳太子憲法を読む 龍の謙道 釈氏憲法 第九条

龍の謙道 釈氏憲法 第九条

『一佛に歸し一法に依れ、悉く地と成すは是れ佛典の一儀なり。
是を一行三昧と名う、
及ち虚妄にあらず又、大道にあらず。
釋學に於いては道となさず、王道に於いて利あらず。
佛は聖中の聖なり、我の卑道なく、
法は公中の公なり、私の小理なし、
僧は君中の君なり、俗の野行なし。
而して己は諸悪を作すこと莫く、衆に善を行い奉りて、
自ら其の意を浄める這の教えこそ大道なり。
大道は當に總別はーなるも行を好く訓うべし。』

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太子憲法は、神職にも僧にも、人間として高く尊い生き方をするようにと書かれていますよね。
人を指導するお仕事の方々には、ぜひぜひ、この憲法を読み直して頂きタイ!などと思ってしまう今日この頃です。

ではまた、来週金曜日に更新いたします!

2017年12月08日

聖徳太子憲法を読む 契の信道 釈氏憲法 第八条

契の信道 釈氏憲法 第八条

『僧となりては深しく古佛の在處を尋ね見よ。
報ゆるに佛の報土無きことなし、或は理解して他に古佛なく
自らの性の是れなりと謂う。又、佛は是れ理の名にして
其の人無しと謂う。
若し成佛の人なくば汝悟りて何者とならむ。
又佛の感應あるも諸、理のみ何ぞ感應を作さんやと謂う。
是、因果撥無の見のみ須く信に住りて
諸佛三身の境界を見るべし。』

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生きた学問。
三波春夫の学び方も、それだったかと思います。
学歴は小卒ですが、その後、社会に出て働きながら独学で学び、先輩や年長者から聞いたことを消化して深く覚え、自分の経験から学んだことを日々磨く。
それを生涯ずっと続けていた人だったと思うのです。

そんな生涯を、明日の夜、BSフジ「歌藝一代・三波春夫 国民的歌手の真実」でご覧頂けましたら幸いです

ではまた、来週金曜日に更新いたします。

2017年12月01日

聖徳太子憲法を読む 冠の位道 釈氏憲法 第七条

冠の位道 釈氏憲法 第七条

『僧は内に三賓を住めて體とーにし、外には住持の三賓に事えよ。
心に倦まず身を惜しまず晝夜に勤みて時を移さざれ。
ああ民庶は農に勤み僧に與う。僧は之を食んで勤めざれば其
の罪、遯れる所なし。僧者罪を怖れざれば、檀越の罪を遮る所
なし。』

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この条文の真理は、僧でなくても、どんな仕事でもソウだと思いました。
ダジャレで、すみません~。

では、まじめに、また来週金曜日に更新いたします。

2017年11月24日

聖徳太子憲法を読む 竹の官道 釈氏憲法 第六条

竹の官道 釈氏憲法 第六条

『僧階は元より戒ありて立つ。
未だ姓により才に依ることなし。
比丘は上座に沙彌は下座に是れ古よりの佛法の節なり。
或は朝の寵に憑み、識記に憑んで、高位の座を曲げて應對するは、
これ那ぞ佛徒ならん即ち俗徒なるのみ。』

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自分を「出来る子!」なんて思って、分不相応なことをしてはイカンのですね。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。

2017年11月17日

聖徳太子憲法を読む 鏡の智道 釈氏憲法第五条③

鏡の智道 釈氏憲法第五条③

《三波春夫の解説》
 親鸞から数えて八代目の蓮如はまさに怪僧、傑僧でした。

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すごいバイタリティーのお坊さんですね…。
では、次回は第六条です。

来週金曜日に更新いたします。

2017年11月10日

聖徳太子憲法を読む 鏡の智道 釈氏憲法第五条②

鏡の智道 釈氏憲法第五条②

《三波春夫の解説》
 このように、太子は厳しい戒律をおっしゃっています。

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三波春夫の組曲アルバム『平家物語』では、三波が「藤原澄憲」に扮して「説教ぶし」という”語り”をして、物語を紡いでいます!
お聴き頂けましたら幸いです。

ではまた、来週金曜日に更新いたします。

2017年11月03日

聖徳太子憲法を読む 鏡の智道 釈氏憲法第五条

鏡の智道 釈氏憲法第五条

『講者は當に四部を講すべし。
僧俗、儀學の紛れ無く、三諦を講にし在を出に兼ねて
住まること無からしめよ。十界を講って三悪を厭い、
三善を慕い、二賢を好み、二聖を求めしむるに、四恩を講にす。
父母を宗み、王者を敬い、人倫に勤み、三寶に歸せしめ。
五善を講って善品を盡し、科悪を絶しめ、
五心を講って性の理を曉らし、國に住まることを教え成せ。
是れ聖者の化を布す方なり。
或は己執を講え為して、諸佛の化き教えに通わしめず、
恐らくは佛道をして、小径と作すは檀越をして罪人と作らしむ。』

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《訳》を音読すると、そのままお経になりそうですね…。
三波春夫の解説は、次回に掲載します。

ではまた来週金曜日に!