
しかもキューン・ソニー社の電気グルーヴという若いアーチストと共演させて欲しいと声がかかったから頼むというのです。それも新しいことだ。お祭りのつもりでやろうと腹を決めました。
「腹を決めた」なんていい方は、おかしいかもしれませんが、実はこういう表現の方が私らしいわけです。
69歳だった三波春夫。あれこれ考えていたのでした
ではまた、来週金曜日に。
テイチクの皆がノッて計画してくれていているし、娘の判断も大丈夫ということだし、「ほぉー、パワステと言うところなのか…」と、三波は下見の折に初めて会場に伺ったのですが、とても“ビックリしていた”のでした。そのときビックリしていたとは、周りの誰も気づきませんでした。さすがベテラン歌手は、常に堂々(笑)…。
ではまた、来週金曜日に。

そこで私もデモテープを聴くことになりましたが、その時から「ここはどうかな、こうすればいいと思うよ」と、私もいつものクセでのめり込むようになってしまいました。
編曲者は初めてお会いする若手ミュージシャン島田直角さんが決定していて、彼を含めて制作会議をすることになりました。
ディレクターは当初、三波春夫の曲をハウスミュージックにアレンジして音楽だけは新たに制作するけれど、歌の部分は三波の既存のヴォーカルを利用することとし、あらたに本人にレコーディングをしてもらうことは考えていませんでした。しかし、デモを聴いた三波は、「これ、やっぱり、アレンジに合う唄い方の歌を入れなくちゃ。唄い直しをした方が良いと思うよ。そうしようよ」と言い、全部新しく、となったのでした。
ではまた、来週金曜日に。
平成4年の出来事ですから、ハウスミュージックが最先端だと書いたりしています。私は、テイチクのディレクターに初めて提案を戴いた時にまったく迷いはなく、本人からOKが出ることを確信していました。
ではまた、来週金曜日に。

私はもう十何年も前から、このことを話していますが、もしデノミをやることになるとたいへんな金がかかるという方がいます。これは数字のあらわし方が小額になるので、日常生活のなかでも銭や厘という単位が出てきたりして、今ある証券・伝票から販売機からレジから、すべて変えなくてはならない。その費用は莫大だからできないという主張です。
<続きを読む>三波春夫はこんなことも考えていたり、感じていたりしていた一面があるのでした。
ではまた、来週金曜日に。

共産主義の崩壊から手さぐりの市場への移行へと迷走し続ける旧ソ連邦。そのなかのある共和国の議会が、下落し続けるルーブル貨幣の復権のために、一ドル一または二ルーブルに、その国だけでもデノミネーションの措置をとることを決議した、という話題が、新聞の外報欄に小さく載っていました。
シベリアに4年間抑留された経験から、旧ソ連の共産主義を勉強せざるを得ないことになり、帰国後もずっと、ロシアの歩み方を注視していました。多くの抑留経験者と同じく、語り切れない様々な思いや考えと共に、だと思います。
ではまた、来週金曜日に。
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